誕生
キリスト教の『マタイ福音書』に従えば、ナザレのイエスは、ベツレヘムで誕生したことになっているが、イスラエルの救済者・メシアはベツレヘムで生まれるという伝承がユダヤ教にはあり、この伝承に従って、マタイ福音書記者はこのような記述を行ったと考えられる。
しかし福音書本文では、記者たちはイエスのことを「ナザレ人」と呼んでおり、また『ルカ福音書』1章26節から始まる「天使祝詞」の項では、「天使ガブリエルが神の許より、ガリラヤの町ナザレに住む一人の処女のもとを訪ねたが、彼女の名はマリアムで、ダビデの家系にあるヨセフの許嫁であった」と述べられている。ここからイエスとマリアはナザレの住民であったことにもなる。
同じく福音書によれば、イエスの父(養父)はダビデの末裔のヨセフ、母はマリアとされるが、メシアはダビデの家系に生まれると云う伝承があり、伝承に合わせて福音書記者は記述したと考えられている(ヨセフが養父であることは、『福音書』が述べていることで、マリアは人間によってではなく聖霊(Ἅγιον Πνεύμα, Hagion Pneuma)によって身籠もったとされている。これはどういう意味か、解釈が分かれる)。
福音書はまた、イエスの誕生をヘロデ大王の治世の末で、大王が未だ存命中であったと記し(ヘロデの幼児虐殺)ている。ローマ帝国の方針と一致しないが、ローマ皇帝が戸籍の確認を求めたため、ヨセフとマリアはベツレヘムを訪ねていたという記述もあり、ここから、紀元前7年頃から紀元前4年頃にイエスの誕生があったと解釈される。
少年時代・青年時代
イエスの少年時代については、『ルカ福音書』が唯一語っているが、他の福音書にはそのような記述は見られない。ただし、外典にはイエスの少年時代の話は出てくる。
公生活
ナザレのイエスは、福音書では成人した男性として登場する。その中で彼は、宗教的な要素を含んだ様々な教えを説き、奇蹟を起こした結果、弟子の集団が構成されたと記述されている。福音書にはイエスが病人を癒し、ライ病患者を癒し、死者を甦らせたなど、多数の奇蹟譚が記されている。また解釈が難しい「イエスの譬え話」も多数伝えられている。
イエスは、洗礼教団の一派であるエッセネ派と何らかの関係を持っていたと推定される。そのことは、福音書が洗礼者ヨハネについて記し、イエスがヨハネから洗礼を受けたと記述していること、そして『死海文書』中に出てくる「義の教師」の生涯がイエスの生涯に類似していることから、このような解釈が出てくる。
弟子集団
イエスには多くの弟子ができ、キリスト教はそれをペトロを筆頭とする「十二弟子」として権威付けている。家父長制社会であるユダヤにあっては、ラビは男性しか弟子として認めなかったので、十二弟子がすべて男性であるのは自然なことである。しかし、『福音書』はイエスには女性の弟子がいたと記している。これは当時のラビにおいては異例で不可解なことである。マグダラのマリアが女弟子の代表のように福音書では登場する。またマグダラのマリアがイエスの妻であったという主張が「グノーシス文書」には見られる。
イエスの教え
イエスは貧しき者・虐げられた者の救済の可能性を説いている。「山上の垂訓」で始まるイエスの教えの言葉では、人間の平等や、互いのあいだの愛を語っている。
『マタイ福音書』にある山上の垂訓は次のような印象的な言葉で始まる:
- 心の貧しい者は幸いなり 天の王国はこのような人々のものである
- Makarioi hoi ptookhoi tooi pneumati, hoti autoon estin hee basileia toon ouranoon.
「心の貧しい者」と通常訳される言葉は、コイネーの原文では、「霊(プネウマ)において貧しい者たち」である。イエスの言葉は、「マカリオイ(幸いなり)」と繰り返し、「悲しむ者は幸いなり そのような人々は慰めを得るであろう」と続いて行く。